東京高等裁判所 平成5年(行コ)126号 判決 1994年2月24日
埼玉県南埼玉郡白岡町寺塚二三二番地七
控訴人
広瀬功
右訴訟代理人弁護士
難波幸一
埼玉県春日部市大字粕壁五四三五番地一
被控訴人
春日部税務署長 大川要
右指定代理人
山田知司
同
川名克也
同
有賀捷一
同
田部井敏雄
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し、昭和六三年一二月七日付けでした控訴人の昭和六〇年分から昭和六二年分までの各所得税に係る更正処分のうち、昭和六〇年分につき所得金額一八五万円、所得税額二万八三〇〇円、昭和六一年分につき所得金額一八九万六〇〇〇円、所得税額二万七九〇〇円、昭和六二年分につき所得金額一八〇万円、所得税額四万九七〇〇円を超える部分をいずれも取り消す。
3 控訴費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人
1 推計課税の必要性について
上原係官らは、本件における調査に際して、控訴人が調査の理由の開示を求めたのに、納得のいく調査の理由を示していない。原判決の認定によっても、上原係官は、「申告所得金額の算出根拠を確認するためであることを繰り返し説明した」というのみであって、これではいかなる理由により控訴人が調査を受けるかが全く不明である。
また、控訴人は、第三者の立会いのもとで資料を開示し、調査に応じる意思があることを明確に示しているのに、上原係官は、第三者の立会いを拒否し、それが受け容れられなかったとして調査を断念している。しかし、第三者が立ち会っている調査の際に、仮に控訴人の取引先の秘密に及ぶことがあり、これが開示されても開示するのは控訴人であって、上原係官らが守秘義務に反することにはならないから、第三者の立会いを拒否することには正当理由がない。
2 実額反証について
(一) 所得税更正処分取消訴訟において、所得額の立証責任は、被控訴人側にあり、推計課税に対する実額反証は、あくまでも反証であって、推計課税の合理性を否定するのがその目的であり、かつ、その程度で足りるものである。したがって、被控訴人が収入を実額で主張している場合には、収入の捕捉漏れがあることを前提とすべきではなく、控訴人側には、右収入実額を超える収入のないこと又は経費実額が右収入額と個別に対応することまでの立証をする必要はない。
(二) 仮に、推計課税の合理性を覆すには、控訴人が単に必要経費の実額を主張立証するのみでは足りず、収入実額の方も控訴人のすべての収入金額であることを立証する必要があるとしても、その立証は、収入金額に一銭の漏れもないことを意味するのではなく、被控訴人主張の収入実額が控訴人のすべての収入金額と概ね一致することをもって足りるものというべきである。本件では、被控訴人主張の各取引先からの収入金額は被控訴人の調査によって判明しており、これ以外の収入があったとしても、被控訴人主張の取引先の仕事を行っている他の業者の仕事を代わって行った際に生じた小額なものにすぎず、これを収入に加えても、概ね一致する。そして、その立証の資料は、控訴人の帳簿書類に限定されるものではない。
(三) 必要経費についても実額反証の証拠資料は、帳簿書類に限定されるものではない。また、控訴人の主張立証する必要経費の中に、一部不適当なものが含まれていても、これを控除すれば足りるはずであり、これをもって他の証拠全体についても不適当とすることはできない。
二 被控訴人
1 控訴人の主張1について
所得税法二三四条は、質問検査権の行使に際し、調査の具体的理由、必要性を被調査者に告知すべきことを規定しておらず、他にこれを義務付ける法令も存しないことから、調査の理由等を告知するか否かは、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものであり、調査理由の告知が税務調査の必要要件ではない。本件では、控訴人の所得税の確定申告に係る所得金額の確認のため行う旨伝えている。
また、調査に当たり、帳簿書類の作成に直接関与した者以外の第三者の立会いを認めるか否かは、社会通念上相当と認められる限りにおいて税務職員の合理的裁量に委ねられているところ、本件では、係官が控訴人の取引先の営業上の秘密事項にも調査が及ぶことなどを配慮して、その立会いを拒否したものであって、その措置は相当であり、控訴人が右の立会いの拒否を理由に帳簿等の提出を拒否したことに正当な理由はなく、したがって、推計課税の必要性が肯定されるというべきである。
2 同2について
いわゆる実額反証の場合における実額についての主張立証責任は、納税者が負担するものと解すべきであり、通常の意味における「反証」とは異なる。
そして、課税庁が反面調査等によって把握した収入金額を前提として必要経費を推計している場合に、右収入金額を認めたうえで、必要経費のみの実額を主張立証することは、許されない。右の場合、課税庁は、右収入金額以上の総収入金額があり得るが、仮に右収入金額が総収入金額であるとすれば、必要経費は推計した金額になると主張しているにすぎないのであり、納税者としては、必要経費についてのみ実額を主張立証することはできず、収入金額についてもすべての収入金額を主張立証すること、又は、納税者の主張の必要経費が課税庁主張の収入金額に個別的に対応することを主張立証することを要するものというべきである。
実額反証における立証の程度については、控訴人の真実の所得について合理的疑いをいれない程度の証明を要するものと解されるところ、本件においては、控訴人の収入金額については勿論、必要経費についても、到底右の立証が尽くされているとはいえない。
控訴人は、必要経費について、認められない部分があれば、それを除いて必要経費として認定すべきであるというが、控訴人が必要経費として主張するものの中には、明らかに必要経費とは認められないものが相当に存することからすると、控訴人の必要経費の主張立証は、全体として合理性、信憑性に欠け、その立証態度も誠実性、信用性を欠くものといわざるを得ない。
第三証拠関係
原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二三枚目表八、九行目の「税務職員による調査についても」の次に、「第三者がいないところでの調査協力要請に対し、控訴人は終始第三者の立会いを要求してそれが認められない限り調査に応ぜず、結局」を加え、同二三枚目裏二行目の次に改行して次のとおり加える。
「控訴人は、本件における調査に際して調査の理由を示しておらず、また、第三者の立会いのもとに調査に応ずる意思を示したのに、何らの正当理由なく第三者の立会いを拒否したうえ、本件推計課税を行ったとして推計の必要性を争っている。しかし、所得税法二三四条一項は、質問検査権の行使に際し、調査の理由や必要性を被調査者に告知すべきことを要件として規定しておらず、他にこれを義務付ける法令も存しないことからすれば、被調査者に対して調査の理由等を告知するか否か、告知するとしてどの程度の告知をするかは、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解され、本件においては、上原係官らが、控訴人に対し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税の申告に係る所得金額の確認のために調査を行う旨伝えているのであるが、上原係官らのこの措置は、その裁量の合理的な範囲内に属するものということができる。また、税務職員が帳簿書類の検査を行うに当たり、当該帳簿書類の作成に関与しない第三者の立会いを認めるか否かは、調査の必要性、相手方の利益を考慮して、社会通念上相当と認められる範囲において、当該職員の合理的裁量に委ねられているものというべきところ、本件においては、上原係官らは、調査が控訴人の取引先の営業上の秘密等にも及ぶことがあるとの判断に基づき第三者の立会いを拒否したのであるが、上原係官らのこの措置は、その裁量の合理的な範囲内に属するものということができる。そうすると、控訴人らが、調査理由の開示がないとか、第三者の立会いを認めないとかいった理由で、調査に応じないことに正当な理由があるとはいえず、したがって、控訴人の掲げる点は、推計の必要性を否定する事由とはならない。」
2 同二四枚目表六行目の「ほかにこのことを」を「控訴人が否認する岸野電気株式会社以外の取引先からの収入金額は、被控訴人の調査依頼に応じ、控訴人の右取引先が取引金額の回答を寄せ、また、その資料の謄本を送付した結果に基づいて認定したものであるから、控訴人の主張を」に改め、同八行目の「直ちに」の次に「右認定に係る証拠を排斥して」を加える。
3 同二七枚目表九行目の「十分なものでなければならず、」から同一一行目末尾までを「十分なものでなければならないことはいうまでもない。」に改め、同裏一行目から同二九枚目表六行目までを次のとおり改める。「このような見地に立って本件について検討する。
1 事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額であるから(所得税法二七条二項)、事業所得の金額を実額で主張するということは、右総収入金額と必要経費のそれぞれを実額で主張することにほかならない。そして、実額の過不足なき主張のためには、本来は、事業(正確には、事業所得を生ずべき業務)に係る取引を継続的に記録した会計帳簿とその裏付けとなる原始書類(帳簿書類)が必要である。
本件では、課税庁たる被控訴人が、控訴人の右のような帳簿書類を参酌できなかったため、その課税根拠の主張は、反面調査により把握し得た収入金額を総収入金額とし、これに同業者所得率を乗じて、事業所得の金額を推計するという推計課税によっている。これに対し、控訴人は、右反面調査による収入金額のうち、その大部分を占める一取引先分のみを援用したうえ、これを収入金額の全部(総収入金額)であるとし、昭和六二年中に支出した経費を明らかにするものとして領収証等を提出し、これによって、必要経費の実額が立証できるから、右の総収入金額と 必要経費とから、事業所得の金額を算出すべきであると主張している。
ところで、被控訴人の主張する推計課税については、推計の必要性があり、また、その合理性が存することも立証されていることは前述のとおりであるから、控訴人としては、総収入金額及びそれに対応する必要経費(所得税法三七条一項参照。ある年のすべての収入金額すなわち総収入金額が判明していれば、その年の事業について生じたすべての必要経費を個別的な対応を問うことなく総収入金額から控除できるが、総収入金額の一部のみからは、それに個別的に対応する必要経費のみを控除することができる。)につき実額を主張立証してはじめて、推計による事業所得の金額を覆すことができるのである。
2 まず、収入金額につき考えるに、控訴人は、被控訴人の反面調査に係る収入金額のうち、岸野電気株式会社からの分である九六七万七〇〇〇円が総収入金額であるかのように主張している一方、仮にほかの収入があっても、それは右会社の工事を行っている他の業者の仕事を代わって行った際に生じた小額なものであるとして、小額とはいえ他にも収入があり得ることを容認する主張をしている。この態度はそもそも収入金額の実額を主張する態度とはいえないことはともかく、被控訴人の反面調査によって把握された収入金額一〇一二万九〇〇〇円がすべて控訴人の収入といえることは前述のとおりであるが、控訴人がこれをすべて援用しても、もともと反面調査によって把握された収入金額は、少なくともそれだけの収入金額は存在するとして、これを推計の基礎とするにすぎず、性質上捕捉漏れがあり得ることが予定されていて、当然には総収入金額であるとはいえないから、控訴人としては、実額主張の基礎として反面調査の結果を援用するのであれば、他に収入はなく、それが総収入金額であることを主張立証しなければならないことになろう。このような主張立証は、前述の帳簿書類なしには極めて困難であり、本件でも、その立証があるとはいえない。
次に、必要経費についてであるが、控訴人は、その主張を立証するものとして、領収書等を提出している。右収入金額が、総収入金額であることの立証がされていない以上、そこから控除し得る必要経費は、右収入金額と個別的に対応するものであることを要するが、それはさておき、右領収書等を含む本件全証拠によって窺い得る必要経費の実額は、以下に述べるとおりであって、推計による事業所得の金額を収入金額から差し引いた推計による必要経費に当たる五五〇万六一二五円を上回るとは認め難い。
すなわち、まず、<1>原判決別紙4「必要経費明細表」の費目(以下単に番号と費目又は番号のみで引用する。)の「10 福利厚生費」、「13 工事経費」、「15 リベート」及び「18 売却損」については、それを認めるに足りる証拠がない。「4 通信費」については六八一〇円を超えて認定する資料がない(甲第三九ないし第四五号証参照。)。「9 諸会費」については三万六〇〇〇円を超えて認定する資料がない(甲第六五号証の一ないし五参照。特別拠出金についての立証がない。)。<2>「11 支払保険料」は、控訴人の主張では、工事において事故が発生した場合の傷害保険の保険料であるとするが、甲第八五号証の一ないし三、乙第二一号証によると、簡易保険の保険料であって、他に主張立証のない以上、家事関連費とみるほかはない。「12 雑費」のうちの新聞購読料(甲第七五ないし第八〇号証)も家事関連費である。「1 公租公課」、「7 燃料費」、「8 地代家賃」及び「17 減価償却費」中の二四万二六〇八円は、いずれも控訴人所有の自動車の経費として主張されているものであるが、控訴人の供述(原審)によると、控訴人は、ボックスタイプの乗用車一台(甲第八七号証参照)のみを所有していたから、仕事以外の家族の外出用などにも使用されていることが推認され、少なくとも二分の一は家事関連費とすべきである。<3>「2 外注費」、「3 接待交際費」及び「6 消耗品費」については、それを立証する領収書等の中に宛名のないもの「甲第一一ないし第一三、第一六号証)、宛名を上様としたもの(甲第二二ないし第二五、第二七、第二九、第三一、第三二、第三五、第三八、第五三、第五四、第五七、第五八号証)、宛名を岸野電気としたもの(甲第二〇、第二一、第二六、第五六、第八一号証)があり、これらは他に格別の立証がないから、控訴人が支払ったことを証とするものとは断定できないし、支払年月日又は支払年が不明のもの(甲第三〇、第三八号証)があり、これらはそれだけでは昭和六二年中の支払を証するものとはいえない。<4>甲第一四号証については、乙第一九号証によると、架空のものであると認められ、甲第一七号証は、乙第二〇号証によると、支払年が「六一」から「六二」に改ざんされたと認められ、いずれも昭和六二年中の支払を証するものではない。以上を考慮すると、「1」は一万九七五〇円(甲第一号証の額の二分の一)、「2」は一五二万〇五〇〇円(甲第二ないし第一〇、第一五、第一八、第一九号証)、「3」は九万五四一〇円(甲第二八、第三三、第三四、第三六、第三七号証)、「4」は 六八一〇円(甲第三九ないし第四五号証)、「5」は三六〇〇円(甲第四六号証)、「6」は二五万七八〇二円(甲第四七号証の一ないし五、第四八号証の一ないし三、第四九号証の一ないし七、第五〇ないし第五二号証の各一ないし三、第五五、第五九ないし第六一、第八二号証、第八三号証の一ないし四)、「7」は一五万九五九六円(甲第六二号証、第六三号証の一ないし一八の合計額の二分の一)、「8」は一万八〇〇〇円(甲第六四号証の一ないし一〇から推認定される年間の額三万六〇〇〇円の二分の一)、「9」は三万六〇〇〇円(甲第六五号証の一ないし五)、「12」は六〇〇〇円(甲第七四号証)、「14」は四七二〇円(甲第六六ないし第七三号証)、「16」は一七万四五六九円(甲第八六号証)、「17」は二五万八六四四円(甲第八七、第八八号証、弁論の全趣旨。自動車分については二四万二六〇八円の二分の一)の合計二五六万一四〇一円については、とりあえず必要経費と認められないとはいえないが(右額につても、例えば、甲第六二、第八八号証がメモ書きであることなど問題がないではない。)、これを超える額については立証がなく(なお、控訴人(原審)は、常勤の使用人に月三〇万円位支払っていたと供述するが、これだけでは、人件費支出の立証として不十分である。)、したがって推計を覆すに足りる実額の立証があたとはいえない。
以上によれば、昭和六二年分の事業所得の金額について、推計を覆すに足りる実額の立証がないことに帰するのであって、控訴人の主張は採用しない。
なお、昭和六〇年分及び昭和六一年分については、実額の主張立証はなく、また、昭和六二年分について実額の主張が認められないから、昭和六二年分との対比において不当とすることもできない。」
二 よって、控訴人の本訴請求を棄却した原審の判断は相当であり、控訴人の本件公訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 大前和俊 裁判官 三代川俊一郎)